COLUMN
WEBSコラム
2022.10.05

第1回「Time flies like an arrow」
WEBSの設立趣旨、恐るべき時代の潮流への対応

はじめまして。
海外エネルギービジネスを研究し、日本のエネルギービジネスに実装する研究会「World Energy Business Salon、WEBS(ウェブス)」の講師を務める村谷です。
WEBSのホームページの開設に伴い、第1回目のコラムを提供させていただきます。

第1回に相応しい主題として、今回はWEBSの設立趣旨や意義を解説します。

WEBSの設立の動機は、現在の電力業界の低迷状況に端を発します。
2021年秋から始まった世界的なLNG価格の高騰は、1年を経過した現在も落ち着く様子を見せません。致命打となったのは、2022年2月末からのロシア・ウクライナ戦争でした。
欧州連合(EU)の天然ガス輸入量の約45%、石油輸入量の27%、石炭輸入量の46%がロシア産で、エネルギー供給におけるロシア依存は非常に高い状況です。欧州委員会は今年の5月に、2022年末までにロシア産化石燃料の依存を大幅に低下させ、2030年よりもかなり早い段階での依存解消の達成を目指す「リパワーEU」を発表しました。また、足元では各国で石炭火力の再稼働、細かな省エネ目標の設定を発表し、難局を乗り切らんとしています。

グラフ1 天然ガス価格の推移(日本むけ)
出所:World Bankをもとに株式会社AnPrenergy作成

一方、LNG価格の高騰は、日本電力業界にも大きな影響を与えました。日本の発電電力量に占めるLNG火力発電比率は4割弱で、石炭、水力を抑えて最も高いです。その影響で、北海道電力から沖縄電力の、日本の大手電力事業10社の燃料調整費は大幅に高騰しました。

グラフ2 燃料費調整単価の推移(高圧)
出所:各大手電力会社の公開情報をもとに株式会社AnPrenergy作成

グラフ2は、2020年4月から2022年9月の期間における大手電力各社の月間燃料調整費です。新型コロナウイルスの感染拡大に起因する日本全体の経済停滞、電力需要の減退時期にあたる2020年10月頃の燃料調整費が最も低く、そこから上昇が止まらず、直近の2022年9月が最も高い水準であることがわかります。この2年半の最高燃料調整費価格と最低燃料調整費価格の差は、沖縄電力は15.44円/kWh、九州電力は6.20円/kWhと電力会社間でも大きく相違しました。電源構成のうち、火力発電比率が大きい電力会社ほど、高い値が付けられています。

グラフ3 JEPXスポット市場24時間平均(東京エリア)
出所:JEPXスポット市場取引情報をもとに株式会社AnPrenergy作成

また、新電力が主に電力取引を行う日本卸電力取引所(以下「JEPX」)のスポット市場の価格も、大きく上昇しました。JEPXに電力を卸す発電事業者のうち、大手電力会社の占める割合が圧倒的であるため、大手電力の燃料調達の状況は、新電力の調達価格に大きな影響を与えました。

2020年の半ばには、多くの新電力はJEPX価格が極端に安価だったため、事業開始以来の最高利益を達成しました。しかし、JEPXは2020年12月、2021年1月の「極端高騰」と2021年10月以降の「常時高騰」を迎え、最高利益を上げた新電力たちは一転して最低利益の更新を余儀なくされました。

この高騰状況は、2020年10月現在も継続しており、新電力の調達価格の低減には今しばらくの時間を要することが見込まれています。原子力発電の再稼働、LNGの調達改善(サハリン2の契約更新など)、そして太陽光自家消費の拡大など、複数の条件を同時に満たすことが必要です。

このような状況で、新電力は、どのような打ち手があるでしょうか。
まず、燃料調達状況が落ち着いて、利益を上げる日が来るまで事態を静観する「何もしない」という手が考えられます。あるいは、需要家との契約更新を断り、自社の損失軽減を最優先させる方法もあります。この消極的とも言える打ち手が、意外なほど多い状況です。

現に、ここ1年で大手電力が着々と節電企画や脱炭素企画を打ち出す中、新電力は需要家向けのサービスを開発、改善するモチベーションを急激に低下させているように見受けられます。しかし、これは一概に新電力を責めるわけにもいかない事情があります。

2020年度前半まで好調だった新電力において、営業・企画のエース級担当者は、自社の売上が上昇し、株式市場への上場まで視野に入る中、非常に前向きに事業に取り組んでいました。しかし、2020年度後半のJEPXの極端な高騰以降、エース級担当者は、JEPX高騰以降、大手電力の巻き返し、燃料調整費の上限撤廃と競争環境が悪化する上に、容量市場、節電ポイント、脱炭素戦略など、新たな課題への対応に奔走し翻弄され、すっかり疲弊してしまった感があります。

図1 エース疲弊のイメージ
出所:株式会社AnPrenergy作成

しかし、新電力の需要家向けサービスが、新電力の都合で停滞しているという状況は、需要家が納得しません。調子が良い時は価格を大きく割り引いて大手電力からの切替を訴求していたのが、自社の調達状況が悪化するや、顧客に対して誠意をもった説明、理解を得る活動に取り組まないのでは小売電気事業者としての実力不足、存在意義が疑われてしまいます。

他方、この状況下にあっても、少しでも需要家の電力料金負担を軽減させるべく、懸命に手を打ち続ける新電力もあります。節電プログラムに積極的に参加し、デマンドレスポンスのリテラシーを高め、太陽光発電の自家消費や自己託送を推進し、分散型電源を集めて自社電源としようと動いています。

市場が落ち着いた時、どちらの新電力が需要家に選ばれ続けるでしょうか。
それは論を待たず、需要家に向き合い続けた新電力の方に違いありません。

しかし、言うは易く行うは難しで、先ほども述べたように各社のエースは疲弊しキャパがない、あるいは中小規模の新電力においてはそもそもエースが不在というのが現状です。この状況で、新電力に、企画案や事業案を考え出すことは極めて酷と言えましょう。

このような新電力の置かれた競争環境下において、エースならびに次代のエースとなるべき人材に対して、新電力(エネルギー事業者全般)の企画を補佐する形で、新しい視野と視点を届けたいと考えたことが、WEBSの成立につながりました。

もっとも、目先の需要家の獲得、顧客満足のための「戦術」ばかりを伝えても、新電力が現在抱えている本質的な課題の解消にはつながりません。本質的な課題とは、ずばり新電力の存在意義と存在価値の具現化です。今、新電力には、大手電力の下位互換のようなポジションは求められておらず、企業価値の向上と、需要家に選ばれ続ける明確な理由、コンセプトを訴求する力こそが望まれています。

一時的に安価な電力料金を提供できるという「価格メリット」を訴求する時代は、既に終了しました。しかし、安値攻勢だけを追求してきた新電力に付加価値の創出、顧客満足の向上を目指して舵を切ることは容易ではありません。そこで、日本よりも10年早く自由化の波が到来し、日本より速く需要家意識が変化している海外で電力事業を展開する各社を「師」と仰ぎ、学ぶことの方により大きな意義を感じました。

そこから、パートナー企業であるエナジーサービスグループ社様の協力も得て、海外事業者の調査を実施した結果、海外の電力メニューや再エネサービス、分散型電源の活用トレンドや、地域エネルギー事業の現在地など、気になるテーマについて「未来の日本電力業界」を映し出す価値ある情報を集める体制が整ってきました。

これらの情報を用いて、電力業界に携わる皆様と共に、需要家満足度を大きく引き上げることを目的にWEBSを立ち上げ、今月の初回開催に至ったのです。

世の中は、私たちが思っているより速く、そして期待を持って移り変わっていきます。
私たちが持つスマートフォンなど通信デバイスも、10年程度で飛躍的に進化しました。
しかし、変化の潮流の速さは、今に始まったことではありません。1900年のニューヨークでは馬車が主流だったのが、13年後にはT型フォードに置き換えられるように、旧時代の既存勢力がいかに旧来の方法や考え方を堅守しようとしても、時代の流れの前には抵抗叶わず消え去り、新しい時代に対応した勢力が発展することは歴史が証明しています。

図2 ニューヨーク5番街の変化
出所:株式会社AnPrenergy作成
写真左:“Fifth Avenue in New York City on Easter Sunday in 1900”,
写真右:File:Ave 5 NY 2 fl.bus.jpg From Wikimedia Commons, the free media repository

エネルギー業界も同様に、新しい選択軸を持ちつつある需要家のニーズを先読みし、需要家が求める時にはサービスとして完成しているくらいのスピード感が求められます。

需要家ニーズの汲み取り方や、時流の読み方、調査の仕方、情報をまとめ企画化してサービス実装まで考えていくという実践的な活動をWEBSでは行ってまいります。

私自身も、まだまだ精進を重ねて参りますので、サロンにおける「学友」として皆様と学び続けることを心より願っております。
各社のエース級担当者、時代のエースを目指す諸氏にとって、情報、思考のヒント、そして一握の勇気を得られる場所となりますよう真摯に努めて参ります。

エネルギー新時代の曙光を、共に迎えることができますように。

World Energy Business Salon(WEBS)
株式会社AnPrenergy 村谷 敬